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このホームページは、すべて「ノンフィクション作家 一ノ瀬正輝」が、現場を訪ね、経験者に直接インタビューを行い、育毛剤の開発者(株)ノムラの社長、野邨学氏に直撃インタビューを実施して番組を制作したものである。従って文章のすべての責任は、一ノ瀬正輝に帰する。 実話1・マグロ延縄の基地 1.南郷町はマグロ延縄漁の基地 日南市の隣の町に南郷町という町がある。リアス式海岸の国定公園内に立地し、大変に海も山も川も人の心も美しい町だ。この町が有名なのは、日本で有数のマグロ延縄漁の基地であり、そこで働く海の男達の勇ましい金の使いぷりと羽振りの良さはつとに仲間うちではその名を轟かせている。さて谷口岩男さんというその方は、陛下の御案内役を努めた程の地元では大変有名な方であると聞いている。谷口さんは地元でもトップクラスのマグロ船団の船主でもある。従って、谷口さんの屋敷には多くの漁師達がオカ(陸)に上がった時には寝泊まりしている。その中に漁労長(兼船長)の吉田幸一さんという方がおられる。今回の物語は、この人についての話である。 2.若くて独身だけれども。 彼の風貌は一見、50才代ではないかと思える程、彼の頭髪は極端に少なく、まばらな頭髪の間から頭皮がテカテカ光っていた。父親譲りの遺伝だと思って、なかば諦めていた・・・と本人は、今になって心の内をあかした。1995年の秋の頃、噂を聞きつけて「ノムラ」にやって来たときの印象は今でもはっきり覚えているとノムラの社員が述懐している。以前の彼が、本当にそうであったかどうか真偽のほどは、船主に聞いてみると良い。 一応、参考までに船主の住所を記しておこう。 記 宮崎県南那珂郡南郷町大字中村乙2099 FAX 0987−64−2945 手紙かFAXで問い合わせてみるのも一つの方法だ。 但し、電話での直接の問い合わせは遠慮して欲しい。 谷口さん宅が混乱してしまう恐れがある為だ。 3.マグロ船 私は、実際にマグロ船に乗ったことがないので本当のことは判らないけれど、今のマグロ船は、スーパーハイテク船であるという。航法、通信、ソナー、漁探、レーダー、等々のハイテク機器のすべてを漁労長は熟知しておかなければ「確実な水揚げ」は上がらないし、引いては、船員の信頼も失ってしまう。今の厳しい市場と200海里等の問題をかかえている現状では、漁労長の責任は、ますます彼の肩に重くのしかかるのである。そして、そのことによって、彼の頭のテッペンは、ますます薄くなっていったのであろう。漁場と基地とは、無線通信でやりとりをしているわけだ。当然、この基地の漁船をサポートするための、立派な無線局がある。そして、その「漁業無線局」と一つの船との交信のための割り当て時間は、わずか7分間であるとのことだ。さて、その7分間の割り当て時間の内、業務連絡の為の話は最初の1分位で船の方からさっと打ち切ってしまい、後は延々と(延々と言っても6分間ではあるが)そのほとんどが彼の頭髪の話題でうめ尽くされていたのだと無線局の通信士が今でもかたっている。 船舶電話の第一報はこうだ。 「髪が、ボーボーと生えてきた!!」 OVER 「今、何と言ったか、再送せよ」 OVER 「髪が、ボーボーと生えてきたと言ったのだ!!」 OVER 「誰の髪が、生えてきたのだ?」 OVER 昔の無線通信と違って、今は、人工衛星を通じて、一般の家庭の電話 と全く同じなので、やりとりの若干は違うけれども、オカ(陸)と船 との交信を昔風に再現してみた。 4.おかしくなったぞ!! 入院させるべきか彼は出航する前に、育毛剤「マイレーベン」を4本買い込んで上船したのだそうだ。船の中では漁場につくまで何にもやることがなかった。育毛剤を頭にふりかけるのが、彼の唯一の仕事だったのである。 ふりかけ始めて一週間もすると、この育毛剤を使い始めた人は誰しも体感することではあるが、まず抜け毛としての脱毛がピタリと止まるから不思議である。彼の通話中の話が「ハゲの話で」持ち時間のほとんどを占めるようになったのは、この時から本格的に始まった。無線局の誰しもが、そして船主も仲間達も「これはいよいよおかしくなった、船を呼び戻して病院にいれるべきか」と真剣に悩み出したというのである。ところが一方、船の方では大変なことになっていた。半信半疑の船員達は、本当かどうか確かめるために、漁労長の頭をバリカンで髪を全部切り落とすことを決議したのだ。坊主になった漁労長を想像しただけでも、マグロでさえもきっと驚くに違いない。しばらくすると、あろう事か「芝生のように生えてきた」というのである。 5.信じられなかった やがて4ヶ月後、漁を終えて南郷漁港にマグロを満杯にして船が帰って来た。出迎えた船主や、その家族や、漁協関係者が、そこに彼が居ることには、まったく誰も気付かなかったそうだ。船主が心配して「幸一はどうした!!」そこに彼はニコニコ笑って立っていたにもかかわらず。そして、彼は手を振って合図した。度肝を抜かれ、口もきけない人が居たという。彼は若くてハンサムで、まるで20才台の青年に変身していたのである。「カツラをとってみい!!幸一」と船主が叫んでも、彼はニコニコしているのみであった。 実話2・心からありがとう 1. 心に太陽を!! インタビュアーがインタービューする場合には相手の所に訪ねて色々とお話をするのが普通というか常識なのに、何故か私の場合はいつも逆になってしまっているのだ。今回もそうなってしまった。私の部屋に颯爽と入って来られた女性はそれはもう「美しい女」の一言につきる。これが私が始めて会った時の今回の主人公についての印象なのだ。それは「1996年6月26日の午後」の出来事だった。もし彼女から「私は未だ独身よ」などと私の耳元で囁かれるものなら、私など、もうそれはすっかり騙されてしまうであろうと思われる程の若々しさであった。心にいつも太陽を……といったセリフがあるけれども、私の目の前の女(ひと)こそ、その言葉がぴったりと当てはまるのである。明るい気持ち、希望、夢といった人間の感情がいかに表現としての身体を輝かせるか、まさしく、その女(ひと)から醸し出される雰囲気といったものは、良い意味でのマインドコントロールそのものではないかと思える実感が伴って私に伝わって来た。 その女(ひと)こそ、大学受験を控えた高校生を含めた「2人の子持ちだということがインタービューを進める中で判ることになる。しかも彼女の夫は最高学府のそれも 工学部の教授と聞いてすっかり仰天してしまった。 2.写真で見せられないのが残念だ。 彼女の髪が特別に多いということはないけれども、逆に少ないといった表現はまったく当たらないのである。私の目の前で彼女自ら「うつ向いて」下さって、頭のテッペンを見せて下さったけれども、まったく「普通の人の髪」なのである。私はその時、感じなかったけれども、以前はごく自然に人前で「うつむく」など考えられないと彼女は明るい声で私に告白して下さった。「意識しないで自然に」人に見られても平気というか「無意識」での動作が出来ることが如何に人間、特に女性にとって最高の幸せかは「ハゲ」を経験した者でなければ理解してもらえないだろう……といわれたその時の彼女の眼は一瞬うるんでいたような感じを受けた。読者の皆さんにそういった彼女の明るさや美しさや彼女の黒髪の姿を写真で見せられないのが誠に残念である。 3.彼女のお父さんもツンツル天であった。 子供が大きくなるにつけ、逆に彼女の髪は日一日と「抜け毛」が多くなったという。 一日おきに洗髪していた。洗髪のたびに洗面台に「抜けた髪」を一本づつ、丹念に拾い集め乾燥させ、「抜け毛」の数を数えていたのだ。1回の洗髪で120本から150本も数えられたという のである。その度びにショックを受けた。今日は何本抜けた……とそのことを手帳に記帳していたのである。 この辺のくだりでは話す彼女も、聞くこちらも、それはもう感動というか、深刻と言うか、私の部屋中がピーンと張り詰めてしまう程の緊張感が漂うのであった。彼女のお父さんも、すでに若い頃からハゲが進行し、晩年はツルツルだったそうであ る。隔世遺伝だと自分に言い聞かせてみるがやはり悲しく、さびしかったと自分の人生を思い悩まれたのであろうと私は受けとった。子供達を学校に送り出し、主人を大学に追いやって、普通の家庭の主婦としての色々な作業の中でお部屋の掃除が一番つらかったと………何故?って私はいきなり質問を発してしまった。「自分の姿が鏡に写るでしょう、あら、どうしょう又薄くなった」「男の人には判らないでしょうね」「私の人生が暗くなってしまうのです」たまの休日、ふるさとの博多に帰ると、友人が「あら、又薄くなったね」「変われるものなら、変わってあげたいね」こうやってあからさまに言われる時などはまだうーんと救われる… でも昔の友達に会って「シーン」となってしまった時のその場に居る時の雰囲気ときたら、友達も私自身もそれはもう、すでに限界をはるかに越えている……と。「気を遣って下さることは判っていても……髪の多い人の優越感……そんなことを感じるときなど一目散に逃げ出したくなると………あの時はさすがに苦しかった、「あの時」を思い出されたのか明るい彼女をもってしても、さすがに私の目の前の彼女の身体全体が、うち震えているように見えた。 4.男と女レストランに入る時は、 まず第一に家族と自分がどこに座れば他のお客の眼にさらされないで済むか考える……と。エレベータに乗る時、自分より背の高い人が前に乗っておられれば一台やり過ごしてしまい、自分が乗っているエレベータに後から背の高い人が乗り込まれるものなら、全身凍えるように恥ずかしい……と。楽しいはずのショッピングも「風が吹き抜けないように」祈りながら街を歩いていると、とても買い物など出来ない……と。そして、大学人のパーティーの席で「せっかくだから、夫婦二人で写真を撮ろう」などとおっしゃる教授が現われ、そんな時など急いで化粧室に入って髪を直していたら、残ってしまったカップルは自分達夫婦だけになってしまい、化粧室から出てきた彼女に主人が「早く早く」などと手招きし、一斉に参加者全員の注目の的になってしまった。もうその時は逃げ出したくなったと…… この時は何故か彼女はすっかり前の元気な明るい彼女に戻られて話して下さった。どうしても大学関係者というインテリジェントな人々のパーティーとなると「着物を着て参加」というパターンになることが多い。その事が女としての嗜みとして髪をセットに行くことになる。 「ワァー、又薄くなったね」と美容師が不用意に発する言葉に耐えられなかったというのだ。 さらにもっと不幸な出来事が彼女の家族に忍び寄って来たのだった。それは家庭で一番明るく振る舞って欲しい主婦が「笑わなくなった」という事実だったのだ。そして遂に主人から「カツラがあるではないか」と諭され、励まされ以前のように明るく笑いを取り戻して欲しいと彼女に言葉を告げるのであった。心配はつきないものである、もし息子が「若」にでもなったらお嫁さんの「きて」がないのではないかと心配事が次から次へとやってくる。かように女性の「若ハゲ」が深刻であろうとは私など想像さえ出来なかったのである。それにしても、男のハゲは「笑いと感動」の話ばかり聞かされるのに対して、如何に女性の場合が人生観はもとより、「行動や意識」のパターンまで大きく変えてしまうか……多くのことを彼女は私に教えて下さった。 5.年末特別番組 この育毛剤の成功事例がテレビ各局の話題となり、地元のテレビ局としては「新しいベンチャー企業」としての視点から又は東京のキー局からは全国放映として数回に亘って番組が放映された。民放のある局から「年末特別番組」として暮れの30日に放映された。たまたま、お子さんがテレビを見ていたらこの番組を偶然見ることになった。「お母さん、早く来て!!」そして彼女は衝撃を受けたという。今まであらゆる育毛剤を試用し、そのほとんどがはっきりとした効果もなく、4年間も続けて遂にあきらめたというのである。3年前(1993年)のこのテレビからの情報で彼女はあらゆる手段をつくして、その育毛剤の入手に努めたのである。メーカーとしては厚生省からの認可を受けるための申請中であり、変な噂を立てられて不許可にでもなれば一大事というわけでガードが固かったと今、メーカ側では言っている。しかしながら彼女にとっては、そんなこと委細かまわずなのだ。真剣だったのである。 6.あらゆるツテを使って遂に野邨社長に会うことが出来た。 私には詳しくは判らないが厚生省への認可申請中にでも実験台としての試用が許されているのであろう。「ボルドネス会」が限定会員30名で結成されていることを知った彼女は、なんとしてもこの会への入会を強く希望したのである。野邨社長とアポがとれた彼女は、とるものもとりあえず心を弾ませ彼のもとえ飛んで行ったという。顔はくすんでいて、どこの田舎のオバサンが来たのかとメーカの何人かは今もその時のことをニヤニヤ笑いながら話してくれた。彼女は彼女で「化粧する時間さえ、もったいなかったので……そのまま走っていったのよ」と。あの人が大学教授の奥さん……って?嘘だろう……わざわざメーカの若い社員が彼女の自宅まで確認に行ったというからメーカもおもしろい人間が居るものだと私もつくづく思ってしまった。身元を確認したかったと……メーカは言うが、もしかしたらそれ程、申請中はメーカもピリピリしていたのであろう。 7.遂に1本入手できた。 当時、この育毛剤の試薬品としては1本2万円だったのである。恐らく、彼女にしてみれば2万円など、どうでもよかったのであろう。「うれしくて、うれしくて」と私の前で何回も繰り返し、ひときは大きな声で話されたのがとても印象的であった。そして信じられないことが起きた。最初の「その日」から一回の洗髪での抜け毛の数が10本〜20本に極端に少なくなってしまったのだ。洗面台のフィルターの所を見ると「アラ!! ない」と思わず叫んだという。 「ドキッ」としてしまった。そして今は、ほとんど抜け毛などなくなってしまったのだ。 8.えっ、髪が少なかったって? 今、始めて会う人が「彼女の髪の話題」になるとこのような言葉が飛び出すようになった。今の彼女から過去の苦しかった事などとても信じられないのだ。 エレベータに乗るにも「何にも気にしなくなった」自分を発見したのだ。レストランで、どの席に座ろうとそれは全く自由なのだ。街に出て買い物するのがこんなに楽しいなんて……忘れていたわ……風が吹いても雨が降っても平気よ……髪のことを意識しなくなった自分…… なんと素晴らしい事であろうか。自由、開放感、心が完全に今までの自縛から解き放たれたのであろう。そのことが今、彼女を美しくさせ「心」から発せられるメッセージが彼女をより輝かせているのである息子から「お母さん、僕は早く結婚せんでも良くなったね、マイ・レーベンがあるから」と……。彼女は「二度の人生を体験された」一番幸せな女性の様な気がしてならなかった。 実話3・パパでなくなったパパ 1.宮崎市大工町 大工町はとても落ち着いた佇まいの歴史のある町だ。そこに住む住民は何故か公民館活動が盛んで、ボランティアにも積極的に参加し、美しい街並みをいつも保っている。今回はOKさんとしておくことにしよう。でも、大工町に住んでおられるOKさんについて、せっかく匿名にしても今からのお話を読まれた大工町の方ならすぐに誰なのかは、ばれてしまうであろう。でも、一応OK さんと呼ぶことにする。 本人は名前を出しても構わないとおっしゃって下さってはいるが、この物語の内容が職場の話に少しは絡むので、私の方で氏名を伏せさせて戴くことにしたのである。職場の話は、とても感動的であるので差し支えないとも思えるのであるが、一応、国家公務員としてのルールやマナーもあり、私の方からそのようにさせてもらった。 2.OKさんは36才であった 私の住んでいる大塚台もそうであるが、区会の役員(理事)になるのは大変勇気のいるものである。ところが、OKさんは大工町の理事として自ら手を挙げてかつて出られたのである。彼は若い時こそ、社会に奉仕しておけば自分のこれからの人間形成に重要な役割を果たすのではないかと判断されたと言う。見事な判断である。彼のそうした積極性が買われて副区会長に就任された。その間、色々な活動があったと言う。 2年の任期をいよいよ終了するほんの少し前に、区会長から次のような「下知」が下されたのである。「OKさん、あんたも、もうすぐ定年だろうから、今度は次期会長を務めてもらえないだろうか」 3.沖 縄 出 張 OKさんは職場の上司である、「ある課長」と沖縄に出張することになった。那覇空港に降り立つと、あらかじめ手配しておいた車が迎えに来てくれていたという。目ざとく見つけてくれた、その運転手は一目散に駆け寄ると上司の課長には眼もくれずOKさんの手荷物を奪い取り、トランクの蓋を開け、丁寧に荷物を中に入れ、素早く後部ドアを開け、OKさんを招き入れたのである。その間、いさい構わず、上司には眼もくれずである。なんとしたことか「あんたは、そこに乗りな!!」と叫び前部座席を指差してドアさえも開けることなく、さっさと運転席に座ったというのである。 運転手の自信に満ちた確信的行動にOKさんは一言も言葉を発する余裕などまったくなかったのである。目的地に着くまでOKさんは外の景色などまったく目に入らなかったと述懐しておられた。 4.新任の課長 OKさんの職場に若くて有能な課長が赴任して来られた。普段から大変魅力的な仕事の出来る課長であるという。一般に斬れる人物は部下の年齢やその他に気配りすることなしに仕事を論理的にテキパキと指示するタイプが多いのだけれど、この課長はとても人当りも良く部下の面倒も大変良くみてくれる上司であって、多くの部下から人望の厚い課長である。それにしても大変、規律の厳しい職場では貴重な人材と言える。その課長がある時「OKさん、何んでも言って下さい。休暇が欲しい時は私が変わってあげますから、遠慮なさらずにおっしゃって下さい。」と言われたと言うのである。OKさんは普段から自分に気遣って下さることに感謝し、尊敬もしていたのである。何故か……その理由は今までの永い経験から自分には判っていたので今日は観念して正直に申し上げようと決心し「課長、自分にそんなに気を遣われなくても結構ですよ、課長より若いのですから……」急いで別室の人事書類を見られた、その課長「えっ……本当か!! 自分より若いのか」 5.御 用 聞 き ある日、OKさん宅に配達に来た御用聞きがOKさんに向かって「お嬢さんから、受けた注文の品々を持って参りました」娘は未だ小さいので注文が出来るはずがないと思ったOKさん「うちじゃないのではないか」と確認したら「いえ」と振り向き、庭で水をやっているOKさんの奥さんを指差し……「あの、お嬢さんからの注文です」 6.恩 師 の 奢 り OKさんのクラスメイトが久し振りに集まって同窓会を開いた。いつもの通り、二次会に流れ込んだ仲間達、散々飲み、喰い、歌い、さて勘定となった時、いつもの悪大将の仲間が「恩師の奢りだから」と叫んだ。全員がワァーッと歓声をあげるやすかさず、ミニスカートの若い女の子が「ワー先生ありがとう」といって身体ごとOKさんにすり寄って来たというのである。 7.そして今は46才 OKさんの人生(風貌)が大きく変身を遂げたのである。それは、2年前のある出来事が今日のOKさんを決定的に変身させた。もちろんOKさんと話していると、こちらが実にゆったりと心が和んでしまうから不思議である。 OKさんは実に温和な方である。規律正しい彼の職場からはとても想像出来ないのだ。やさしく語りかけて下さる眼の前のOKさんが今までの笑いと感動の「ハゲの物語」など、とても信じられないのだ。私の会社にわざわざ足を運んで下さって私と約1時間、会話する内に私は昔のOKさんに会って見たいと何度となく思ったか知れない。そこで、遂に私が「どうして育毛剤など頭に振りかけて、そんなに髪など生やしてしまったのですか、前のあなたの方がどれだけ楽しいことがあるか計り知れないのに……」と言ってしまった。 それにしても、彼の話を充分に再現出来ないもどかしさを私自信情けなく思っているのだ。彼の話こそ「笑いと感動」の連続だったのである。 以上 文責:一ノ瀬正輝 |