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旧マイレーベン発表、人生は七転八起である

1.ちょっとしたきっかけが人生を暗転させた。                   

それまで順調に行っていた、彼の漬け物工場の経営が「ある、ちょっとしたキッカ ケ」で暗転し始めたのであった。 その「ちょっとしたキッカケ」こそ、まさしく彼の「好奇心」が並び外れて人の数倍 も強烈であったからに他ならないのである。 今もその強烈な「好奇心」、猛烈な探求心は人一倍強いのであるが、彼は若いときか らそのような性格の持ち主であったという。  それまで、農業に従事していた時の彼が作る農作物は、その作り方、そして収穫し た作物の「出来栄え」といったら当時から他の同じ作物とは、まったく別物ではない かと思える程、色、艶、歯ごたえ、味、そして収量も他とはダントツであったのだ。 ところで、私が会社ぐるみで農業に深く関わるようになってから、すでに十数年が 経過したが、実は私は数年前(1992年)にも彼と一度、会って農業の話を彼から聞いた ことがあったのである。 その時の印象は「この人は変わっているな、どこか他人とは違っているし、視点が別 な角度から農業を捉えている人だ」と今もその時の印象が思い出される。 今思えば、まるで土や畑を「科学実験室」に見立てて、実験を楽しんでいる人なんだ ・・・と感じたのであった。 さて、その「ちょっとしたキッカケ」とは、いったいなんだったのであろうか。 当時、彼が経営していた「漬け物工場」で働く従業員は40名を数えていた。そして経 営も順調であったのだ。 漬け物工場の中を見て驚くのであるが、漬け込み用の樽の大きさなのだが、自分の背 丈の3〜4倍はあろうか、周りは両手を広げて10人でも足りないのではなかろうか と思える大きな樽が幾つも並べられていて、工場の内部は独特の臭いのする、まさし く日本古来の「微生物の応用」といったところなのだ。 実は「伝統のバイオテクノロジー」とも言える程の伝統技術といってもよいが、この 件については又、別な機会に譲りたい。 さて、そんな大きな樽の中で彼は一生懸命「仕込み」をやっていたその時、足元の ヌカを入れた桶をひっくり返してしまったのである。 エイ!!構うものか、彼は足でそのヌカの山を左右に蹴飛ばしてしまった。そこには 当然、ヌカの塊が他のところよりも際立って多くの「大根」に降り積ってしまったの である。 そして彼は「仕込み」を終えて、いつもの通り約半年の「熟成」の期間を待つことに なった。 今から17年も前の話なのだが、その当時は「白いタクワン」は、いつもの黄色のタ クワンより高値で売れていたという時代である。 半年の熟成期間が終わり、いつもの作業工程の中で例の樽の蓋をあけて「あるヵ所」 だけがタクワンの色が白く変色していることに彼が気が付いたのは、ここでも彼の観 察眼の鋭さとも言えるのであるが、何よりも「白いタンワン」が高く売れることへの 感心の高さも大きな要因だったのかも知れない。 「ヌカを足で左右に蹴飛ばした所だ」と気付くのに、そんなに多くの想像力を必要と する程のことはなかったのである。


2.何故、米ヌカが大根を白く変色させたのか   

大根を樽に漬け込み、微生物の力を借りて自然に発酵させれば当然ながら、私達に もお馴染みの例のあの「黄色いタクワン」になるはずなのに、その為にわざわざ染料 を使って色抜きをすることなしに、自然に白く変色する「タクワン」が出来れば、こ れは一儲け出来そうだ!!よっしゃ、ヌカの成分を分析してみようと思いたったのが、 これから13年間の彼の人生を決定付けてしまうとは本人さえ、当時は気付くはずもな かった。 袋に入れたヌカをぶらさげて工業試験場をまず訪ねた。 そこで、分析してもらった結果、ヌカにはビタミンが多く含まれていることが判った ・・・というよりも彼がそのことに始めて気付かされたといった方が正しいのかも知 れない。そして、彼が彼たる所以はこれから「そのこと」のために彼の本領が発揮さ れるのである。 ビタミンとは何か・・・彼の疑問を解くために、彼はビタミンに関する多くの文献を 手当たり次第買い求め、ビタミンの勉強を始めたのであった。 「高く売れる白いタクワン」・・・にとって都合のよい字句が彼の眼にすぐ飛び込ん で来た。 ビタミンの効果・・・酸化防止剤・・・彼は思わず手を叩いて喜んだという。 ここで彼の好奇心は打ち止め! ! としておけば彼がそれからの13年間を苦しむことは なかったのである。 残念ながらというべきか・・・13年間・・・「借金3億円の苦しみ」はその当時は 考えられもしなかったのであるから・・・ ビタミンの効果・・・皮膚の活性化・・・という字句が彼が集めた多くの文献の中か ら彼の眼に止まってしまった。 これがその後の彼の人生を決定的に大きく変身させた「始まり」なのであった。

3.それこそ毎日、工業試験場に通った                       

 当時、若手の研究者が彼に応対した。 その研究者は彼がまったく「化学」には無知であることにすぐ気付いたという。 「ダメだ、もっと基本から学習しなければ何にをどこから教えてよいやらさっぱり解 らん」と突っぱねたという。 それから彼の例の「カメの甲」(化学記号)の勉強が始まったというのである。  漬け物工場は彼のオヤジと彼の妻に任せっきり、それこそ毎日、工業試験場の片隅 の机を借りて勉強し、行き詰まれば研究官に質問を発する毎日が半年も続いたのであ る。 一つの試薬(単一)の化学記号が書けるようになるまでに半年そして二つの試薬を混合 させた場合の反応や記号を書くのに、おおよそ3年間も工業試験場に通った。 彼は必死なのだ。こうなれば担当官も「我が弟子」のような愛情が湧かないはずがな い。 例えば、こうだ。 インドメタシンという物質がある。 化学記号ではこのようにかくのだと教えてもらった。 彼は言う・・・3年間学習した結果はこの「すべての物質と化学記号とその意味」を 理解するのに費やしてしまったと・・・ それでも育毛剤のなんたるか・・・など全く見えてこなかった。 一つの試薬が5万円もするものがあったという。 当然、彼の家の台所は苦しくなる。幾ら漬け物工場の社長といえども本体の漬け物工 場まで危なくなって来た。

4.遂に漬け物工場が倒産した                           

 社長はビーカに色々な試薬を入れてかき混ぜて遊んでいるわけだから、工場が倒産 しない方がむしろおかしい。 工場の「運転資金」といっては金を借りまくり、彼のオヤジの山も畑も田んぼもすべ て低当に入れ、彼の家族が住んでいる家までも担保に入ってしまった。 彼は小さな一部屋を借りて自称「研究室」にし、相変わらずビーカを振り回している のだ。 そして、遂に工場は借金代わりに持ってゆかれ、あえなく倒産してしまった。 その時の借金が2億円に膨れ上がっていた。 彼の家のまわりの少しばかり残された畑で野菜を作り、自給自足しながら彼の奥さん は彼に手作りの弁当を「世間にこっそり」と届けたという。 私が質問した。 「あなたは一度も奥さんと喧嘩しなかったのか」と・・・ 彼が答える。 「ハイ、ただの一度も夫婦喧嘩したことはありません。今日の自分があるのは妻と家 族のお陰です」と・・・。 見るに見兼ねたオヤジが、その時も6000万円ポンと彼の机に投げやり「やりたいだけ やれ、お前の人生だ ! !」 彼は涙ぐんでこの話をしてくれた。 それでも、全く「育毛剤」の姿は見えて来なかった。 そしてさらに、完成までに「1億円もの借金」が膨れ上がってしまうことになる。

5.数えきれない程の夢を見た                           

近隣の野山を片っ端から歩き廻わり、草や木の根を掘っては口で噛んでみたり、ス リゴキでこすって液を工業試験場に持ち込んだ。 草や木の葉をどれだけ口にほおり込んで噛みまくったか計り知れなかった。 必ず、完成してやる!!彼は燃えていたのだ。もちろん、ここまで来たのだ、今さら 後に引けない。 一晩中、寝らずに考えたり、寝ても夢ばかり見る日が続いたという。 私が読んだ本の幾つかの中でノーベル賞受賞者の「伝記物」がある。 ラザフォードも湯川秀樹もそうであった。 寝室の枕元には必ずペンとノートを置いておいたと・・・ 彼も夜中にガバァッと眼が覚め、「あること」が閃くと例の化学記号でノートに書き 記したのである。 そしてある時、夢の中で「塩を使え!!」とピカッーと光る何かがあったという。 これが決定的な成功へのキッカケをつかんだのだ、彼は大変に慎重に言葉を選びな がら、しかも重々しく語ったのである。 地球上の全ての植物や動物はその生命を海から誕生させたことを私は、彼の話から 想像していた。なる程とその時、私も強く感動してしまったのだ。 さらに、ある医科大学の教授が言う。 「塩を使うというアイディアそのものが私達には発想がない ! !」と。 当時、彼が誰かと面談を済ませても、10分後には今先き誰れと会って、どのような話 をしたか・・・まったく覚えていなかった・・・というより彼の周りの人が呆れ返っ たと私(彼)に言われました・・・と彼は夢中になっていた当時の自分をこう表現し てみせた。

6.少し光が見えてきた  

 
試薬品の液体を自分の身体のあらゆる部分に降りかけたという。 自分の頭の中心部に「ウチワ」を置き、片方に噴霧した液体がかからないようにして 片方の頭に自ら降りかけた。 翌日、降りかけた方の髪がそれこそ「ガバァッ」と抜け落ちた。 あまりにも強すぎたのだと彼は感じた。しかしこれは「いける」と直感したという。 ある時、今度は少し薄くして奥さんの入浴のタイミングに合わせて、いきなり後方か ら彼女の頭めがけてスプレーで降りかけたのだ・・・ 翌日、奥さんの後頭部の髪が同じく「ガバァッ」と抜け落ちたのである。 この時程「ああ、もうお終いか」とすっかり観念したと言う。協力してくれている妻 に対してあまりにも無残な仕打ちだと感じたのである。 なる程、今日の彼の成功は家族のお陰だと彼がいう程のことは充分すぎる程なのだ。 自分の場合より、かなり薄目にしたのに何故か・・・「女性ホルモン」に気付いた。 そして、「医学の勉強をしなければだめだ ! !」と気付くことになる。 医学書全集をシリーズ物12冊すべてを買い求め、片っ端から読んでいったという。 そしてさらに、あまりにも医学に無知であることに気付き、医大の先生の所へ通い始 めたのであった。 少し見えて来た、少しずつ判って来た。少しずつ前進している手応えを感じた。 しかも、医学書が抵抗なく読めるようになって来た。 今では専門の先生と対等に話が出来るようになりました・・・と恥ずかしそうに彼は 語るのであった。 そして、遂に「育毛を発達させる為の皮膚の活性化」について理論的にも充分な仕組 や根拠や症例などの理論武装を成し遂げたのである。 ところが、世の中はそんなに理屈通りには行かない。 配合の比率そして一番恐かったのは、二次的反応の具合といったことについての実証 が欲しかったのである。 さらに、もっとややこしいことが彼を待っていた。それは「田舎のオッサンがどれ程、 画期的な「毛生薬」を作っても世間は認めてくれないであろう・・・」という点だ。 自分には何が足りないのか・・・結局、日本の「風土」としての知名度・・・自分は 大学教授ではないのだから・・・という点だった。 結局、ビジネスにはならないのだ・・・と気付かされたとき、彼は大きな衝撃を受け た。 でも噂は確実に少しずつではあったが広まって行ったのである。
                            

7.知識人が支援してくれた                            

少しずつ噂が広がり、やがて地元の開業医の皮膚科の先生の耳に入った。 彼の住み家が競売にかけられる寸前だった。 私が推察するにおそらく「数千万円」の援助を申し出られたフシがある。 そして遂に、日本を含めた世界各国への特許申請手続きに忙しくなったり、厚生省へ の医薬部外品の申請へと突き進んでいった。 県の行政指導もあって、30名に限定して治験者を募っても良いという指導もあり、「 ボ―ルドネス会(ハゲを励ます会)」も発足したのである。 そしてその後、さらに厚生省の正式許可が降りるまで3年を要してしまったのである。

8.その間に何があったか               

 ノンフィクション物語に登場して戴いた3名の外にテレビでの全国放映の影響もあ って、それはもう大変な反響を呼ぶことになった。 私が「どんな人がいらっしゃいましたか」との問いに、彼曰く「60才を越えた人が非 常に多かった」と私はびっくりしてしまった。 その為、もう一度「え? 本当ですか、信じられない、本当ですか」といってしまっ た。 60才を超えた方が多いという事は、老人パワーをまざまざと見せ付けられる思いで あったがこの事は又、別の機会に触れようと思っている。 「まだ厚生省の認可を受けていないから」と遠方(注:日本全国から買い求めるため にやって来られたという)からの来訪者を突っぱねた。 欲しい一心の来訪者は「いや、売ってくれるまで帰れない」とやり返されたという。 社会的超著名人、役者、芸術家、経済団体のトップクラスの人物、65才と63才の男兄 弟、ある電力会社の重役の夫人、カツラで今まで500万円使ったという人、そして泣 きながら売ってくれるまで帰れないと寝袋まで準備して20万円を差し出したまま泊り込む婦人まで現れたという。 その中のほんの一部の方に私の「ノンフィクション物語」に御登場願ったのであった。 使い始めて「どれ程、私の人生が変わったか」とお手紙を下さる方が後を立たないと 彼は嬉しそうに語ってくれた。 そして今、3億円の借金が限りなくゼロに近づいたともつけ加えて下さった。 私が「そんなにお金を貯めてどうするのですか」と若干のいじわる質問を浴びせたら、 彼曰く「いえ、金はいりません。生活するのと、研究する為に必要なお金だけで充分 なのです」と答えて下さった。 彼こそマイレーベンを開発した野邨学氏なのである。 そして私自身・・・育毛に成功した色々な人と会って、私自身がすっかり洗脳されて しまった。 「よっしゃぁ、自分も試してみよう」と思い立ち使い始めて、約30日が経過してし まった。あろうまじきことか洗髪時、一本の髪も抜けなくなってしまった。 それまでは、石鹸に幾つもの髪の毛がべっとりとへばりつく始末であったからだ。 そして遂に、私の家内が言うには後頭部に多くの毛が生えて来た! ! と言うのである。 遂に私はそのことをはっきりさせる為に先日(1996年7月1日)行きつけの散髪屋が嫌が るのもお構い無しに丸坊主になってしまった。 朝晩、毎日洗髪し、マイレーベンを降りかけ、両手で頭のテッペンをモミモミする日 が続いている。 テカテカとしていた私の頭のテッペンから、本当に無数の「薄毛」が生えてきたので ある。

                                   文責:一 ノ 瀬 正 輝 

この後、厚生省認可、国内および国外特許を取得するまでに、誰も当時は想像もしなかった。一介の漬物工場の経営者が、13年をついやし、医学界の常識をやぶって、ビタミンなどの栄養素を皮膚に浸透させる技術で特許を取得したのである。日本の特許の歴史において、正式に発毛剤として取得したのは初めてであり、画期的発明であり、
名づけて頭の漬物技術の考案ともいえる発明である。